フィクションなどから拾う情報処理用語? その62 模倣品(影同心)
さて今回取り上げるのは必殺シリーズの模倣品と言い切れる「影同心」である。
これ、酷い言い方かも知れないのだが、この作品が作られた動機もとい経緯を知るとその感が強まると思う。なお今回はいつもと違って真面目な考察になる。
その前に私が子供の頃を書こう。私が幼稚園年少の時代、仮面ライダーシリーズは10チャンネルつまりNET(今のテレビ朝日)で放送されていた(なおデジタル放送移行後は5チャンネルに変更されている)。毎週土曜日の夜に放送されていたのは覚えている。放送時間帯までは記憶に残っていなかったが、実際の放送時間帯は19:30 - 20:00である。仮面ライダーを制作していたのは毎日放送だったが本放送のみならず再放送も頻繁に行なっていた。実際、朝日新聞の縮刷版で当時のテレビ番組の放送状況を確認すると昭和50年頃も仮面ライダーの再放送を行なっている。これはあくまでも私見に過ぎないが、このことからもNET(今のテレビ朝日)は在阪局に対してはそれほど高圧的ではなかったように思う。
ところが昭和50年4月から放送が始まった「仮面ライダーストロンガー」は6チャンネルつまりTBSで放送されていた。当時は気づかなかったが、TBSは毎週土曜日の19:30 - 20:00に大橋巨泉が司会を務めていた「お笑い頭の体操」が放送していたことを盾に取り、毎日放送制作の仮面ライダーシリーズを同時間帯に放送することを拒否したのだろう。それに仮面ライダーシリーズは元々「お笑い頭の体操」の裏番組だった。自然と仮面ライダーシリーズには冷淡となり「仮面ライダーストロンガー」は毎週土曜日の19:00 - 19:30に放送時間帯をずらされたのだ。
さて今度はNET(今のテレビ朝日)に話を戻そう。NET(今のテレビ朝日)から見れば頻繁に放送していた有料コンテンツである仮面ライダーシリーズ(まあ当時落ち目になっていたことは否定はしない)をTBSに取られた格好となった。当然、代替の作品を探し求めることとなった。「お笑い頭の体操」は人気番組であった。それに対抗するための強力なコンテンツが欲しい。こうしてNET(今のテレビ朝日)が制作局となり、東映が制作したのが「秘密戦隊ゴレンジャー」である。
さてこれは結果論に過ぎないかも知れないが、幼いながらも当時の雰囲気を知る私としてはやはり人気は「秘密戦隊ゴレンジャー」の方が「仮面ライダーストロンガー」よりもかなり上だったと言い切れるのだ。キレンジャーのカレー好きも有名だったし、モモレンジャーの「いいわね、行くわよ。」もやはり強力だったりするからだ。対する「仮面ライダーストロンガー」は電波人間タックルが微妙な感じの戦士にとどまってしまったこともあり、やはりイマイチな印象を受けてしまう。もっとも、電波人間タックルがああなってしまったのは、元々5人ライダーやら女性仮面ライダーやらを毎日放送側が没にしたからである。それは兎に角、その結果、「秘密戦隊ゴレンジャー」の方が強力なコンテンツとなってしまい、「お笑い頭の体操」が既にマンネリに陥っていたこともあいまって、「お笑い頭の体操」は最終的に終了し、「クイズダービー」として再スタートすることになったのだ。その一足先に「仮面ライダーストロンガー」も終了していることも書いておこう。毎日放送側は未だそれなりの人気はあったにも関わらず、「仮面ライダー最終作」として「仮面ライダーストロンガー」を位置付けたのである。そのため、「仮面ライダーストロンガー」は終盤で少しずつ歴代ライダーが日本に戻り、最終的には7人全員が揃って岩石大首領と戦って幕を閉じた。主役はストロンガーのはずなのであるが、仮面ライダー1号がリーダーの形となって終了したのも、それが影響したのだろう。ただTBSが毎日放送ほどの熱意を持っていたのかどうかは、後の再放送ぶりもあって微妙で、結果、私はTBSが制作したウルトラシリーズは頻繁に再放送されるのに毎日放送が制作した仮面ライダーシリーズなどは全く再放送されないという事態に否応なく向き合うことになった。後に必殺仕置人殺人事件でのTBSでの動きを知ると「やはりねえ」と言いたくなるほど、TBSは在阪キー局(朝日放送、毎日放送)に対して冷淡だったし、上から目線になりがちと言い切れるのだ。
というわけでやっと本題に入る。この記事で取り上げる「影同心」は元々土曜日22:00 - 23:00に放送されていた「必殺必中仕事屋稼業」(こちらは仮面ライダーシリーズとは違って放送は継続された)を失ったTBSが毎日放送に制作させた、もう一度書こう、TBSが毎日放送に制作させた作品なのだ。その経緯を2023年3月10日(金) 17:14 辺りの Wikipedia から引用しよう。
本作が放映される直前、朝日放送(ABC)と毎日放送(MBS)のネットチェンジ(腸捻転の解消)が行われた。解消前は関西ではABC、関東ではTBSが『必殺シリーズ』を放送。必殺シリーズは関西では視聴率 30%前後を誇る時代劇で、ネットチェンジによって人気番組が失われることを憂慮したTBSが新たに準キー局となるMBSに対して、必殺シリーズと同系統の時代劇を依頼。MBSは東映に企画を発注して、本作が制作された。
この部分だけでも能動的に企画を立てて作られた「秘密戦隊ゴレンジャー」とあたかも下請けに出すかのようにして受動的に企画が立てられた「影同心」との違いがハナから見えてしまう気が私にはするのである。毎日放送は流石に京都映画には制作を発注できず、東映に発注。それ以前の問題として朝日放送は必殺シリーズ開始に際して、一応、京都映画と東映にコンペとして競わせたが、山内久司プロデューサーは京都映画を最初から起用するつもりで企画を立てていた。この時点で既に東映は敗れていたのだ。まあそれは置いといて、東映はそれまでの必殺シリーズを研究したのだろう。結果的にではあるが、中村主水に注目した東映はこういう感じの企画を立てた。同じくWikipediaから引用しよう。
天保年間。南町奉行 鳥居甲斐守配下の同心 小石川養生所 見回り役の更科右近、高積 見回り役の高木勘平、例繰方の柳田茂左衛門は南町奉行所で役立たずの厄介者と烙印を押される鼻摘み役人。三人の裏の顔は奉行が法で裁けぬと判断した悪人たちを成敗する “影の刺客” だった。
はて。何かが違う。確かに「必殺仕置人」や「暗闇仕留人」にも中村主水が出てはいたが、彼はあくまでもメンバーの一人であって、特に「必殺仕置人」は念仏の鉄がリーダーであり、中村主水はたまに殺しをすることもあるけれども基本的にはチームの参謀役として立ち回ることが多かったのだ。なんとなく似て非なるものとなってしまったのはわかると思う。トドメの一撃(大門豊談)として、この人物の設定をさらに引用しよう。
そう。「影同心」で元締は南町奉行。「暗闇仕留人」第4話「仕留て候」で中村主水が糸井貢を使って北町奉行の稲部山城守(本郷功次郎)を殺した事を踏まえると実は別物になってしまったのである。確かに「影同心」は最初のシリーズはヒットし、「必殺必中仕事屋稼業」の視聴率は低迷したのだが、そういう状況を黙って手をこまねいて朝日放送が見ているわけではない!
朝日放送は「必殺必中仕事屋稼業」終了後、「必殺仕置屋稼業」「必殺仕業人」と中村主水が主役の作品を連投させる作戦に打って出た。この攻めの姿勢も良かったのであろう。
さて以下はWikipediaにも乗っている、勝者となった山内久司プロデューサーの意見である。かなり割り引いて読む必要はあるかも知れないが、ある程度真実を述べていると思う。
必殺シリーズの山内久司プロデューサーは1997年12月に出版された洋泉社『必殺シリーズを創った男 - カルト時代劇の仕掛人、大いに語る』で以下の様に述べている。
「TBSは徹底的に必殺を真似せいと言うたらしいね。毎日放送の青木氏に」
「青木が『いややった』と言うてましたわ」
「あれも全部あかんよ。東映の話はやくざっぽいから(笑)」「私情や個人的怒りに任せて、人を殺したらいかん。職業として捕らえたら、一つの展開がある」
はまぐりで金玉を潰す殺し技(金子信雄演ずる柳田茂左衛門の技)については「『必殺』では一切やっていない」「勘違いしている」「単なる正義感で殺すなら、ハマグリで殺すのはおかしい」と述べており、「金を取らないからダメ」と語った。
この部分は個人的には事実だと思う。実際、私は該当の本を読んでいるし、「影同心」「影同心II」を見たけれども、毎日放送がイヤイヤやっていたのが私にも透けて見えるような気がするのだ。やはりそういう姿勢は映像に出てしまうのである。ダメ押しとして、Wikipediaにはこんな記述もある。
当時の報道(『週刊TVガイド』1975年3月14日発売号)では、TBSは「必殺」の2文字をタイトルに入れようとしたが朝日放送側の牽制により断念したとの事。同誌によると『影同心』は仮題でタイトル候補は10個 近くあり、『影同心 殺し節』『本命暗殺剣』があった。
ここまでえげつない事を要求したのかどうかまで私は判断できないが、ありそうな事だとは思う。自力で独自のコンテンツを生み出した(もっとも実際は没案の転用)NET(今のテレビ朝日)と他力本願で毎日放送に丸投げして必殺シリーズのブランドをも汚すような行為をした(とも受け取れる)TBSとの差はやはり大きかったのである。
結局、必殺シリーズの模倣品は一時的には受けたもののその人気は続かず、一年間で終了。必殺シリーズはその後も続いたのである。これは功罪両方あるとは思うが。
最後に書こう。テレビ朝日は比較的必殺シリーズには好意的で何度か再放送を行なってくれた。さらには山内久司プロデューサーの死後、まあ山内久司プロデューサーが制作したものとは形は変わってしまったかも知れないが、必殺シリーズを復活させた。さらにはテレビ朝日は毎日放送から奪い取ったかのように仮面ライダーシリーズをも復活させてしまった。今の私は両方とも距離を置いてはいるけれどもいつかまた観る日が来るとは思っている。
所詮、模倣品はオリジナルには勝てないのである。何かがなければ紛い物に終わるのである。それは私自身の姿勢にも共通していて、心のこもったものが「ほんのちょびっと」「ほんのちょびっと」でもあれば観るけれども、そういうものがなければハナから観ないのだ。他にも色々と観たいものはあるしね。