一昨日(2026/03/28)と昨日(2026/03/29)は新潟へ行った。それについては別のブログに書いた。
上記のブログに書いたのはあのイベントの極一部。落穂拾いをする感じで記事を書いていこう。
さてそのイベントは渡洋史さんがホスト役のようなものである。そして私は気がついていなかったのだが、中野サンプラザで開かれたイベントで澄川真琴さんからサインを頂いている時に
澄川真琴「渡(洋史)さんと同じ名前ですね。」
と渡洋史(わたりひろし)さんと同名の洋史(ひろふみ)と言う名である事を検知された。ただし、読みは違う。
私の名前をつけたのは父である。私の従兄は正史(まさふみ)と言う名前で父が「史」の字を使う事を思いついた。しかし、父の名は恵司と言い、父の名前に使われている漢字を「史」に組み合わせるとイマイチな名前になってしまう。そこで父は母「洋子」に無断…と言うか、事後承諾の形で「洋史(ひろふみ)」と命名したわけである。そのため、名前を「ひろし」と読み間違えられるのはしょっちゅうで、もう慣れてしまった。だから当たり前過ぎて私は気づかなかったのだろう。更には「城洋介」とも部分一致した名前である、偶然にも。やはり生前、上原正三さんにお会いしたかったなあ。父は金城哲夫と同年だったのだ。
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そして澄川真琴さんからもサインを頂いた。初めは回路が繋がらなかった(林家木久扇のような表現)澄川さんだったが、洋史という名前である事を告げると、回路が繋がりました(初代林家木久扇談)となった。そして撮っていただいた写真とサインがこちらである。
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澄川さんが持っているプロップは配信サービスでも登場するかもしれないが、登場しない可能性もあるので明言できない…と書いているうちに配信開始に気づかず、確認できなかった。