フィクションなどから拾う情報処理用語 その25 マルチキャスト (ザ・ハングマン)

ザ・ハングマン 第35話「にせハングマン壊滅作戦」(脚本:長野洋、監督:帯盛迪彦、擬斗:西本良治郎 (C) 松竹芸能)より

元国家機関の中心的人物と想像される神島泰三ことゴッド(山村聰)は秘密の組織を作っていた。リーダーは紆余曲折の末、日下部孝介ことマイト(黒沢年雄)になった。メンバーには加納良次ことデジコン(名高達男)、辻雄太郎ことパン(植木等)、桑野多美子ことタミー(夏樹陽子)などがいた。なおゴッドの事務所は西新宿にあるビルにあった…というのは以前も書いたなあ。さて時は1981年7月17日で、この時は竜清康ことドラゴン(ディオン・ラム)がメンバーにいた。彼は香港から来た男で当初は寡黙だったが、一時香港に戻り、日本にまた来たという経緯がある。日本に戻って来てからは中国語や英語や片言の日本語で色々しゃべって感情を吐露するようになっていた。中国武術の達人である。

今回の標的は調子こいて「天誅」を加えて世間からは「ハングマン」と呼ばれるような連中である。ゴッドはかなり怒り、「なにがハングマンだ! こんな連中はただの薄汚いリンチマンに過ぎん!」とまで言い切っていた。なお本物のハングマンがいる事は世間の人達は全く知らなかった。

さて調査の結果、菊川大造がボスだと判明した。マイトとドラゴンは菊川の屋敷の防犯カメラを全て破壊してから、テレビカメラなどの中継道具一式を抱えて菊川の屋敷に忍び込んだ。庭をうろついていると犬がやってきた。犬がしつこいので

マイト「ワンちゃん,ごめんね.僕ちゃん,怒ったよ.」

マイトは小型の催涙弾を投げた。犬は眠ってしまった。

マイト「少しおねんねしてなさい。まーた来やがった。やってくれるか。」

爆発音を聞いてボディーガード達が集まったのでドラゴンに撃退させた。

マイト「時間がない。眠っててもらおう。」

またマイトは小型催涙弾を投げ、ボディーガード達を眠らせた。マイトは遊びながら仕事をしているようにしか見えない。ドラゴンは防犯カメラのモニター室に乗り込み、カメラの故障を知って慌てたボディーガード達を撃退。その頃、パンとタミーは鉄塔の下でマイト達の中継電波を受信する装置を組み立てていた。

その頃、菊川大造はナチスの旗が飾られた自室で日本刀を吟味していた。そこへマイトが障子を開けて登場した。

マイト「覚えてるかい、この顔を?」
権藤「貴様は、こないだ新聞記者と偽って…」
マイト「インタビューの続きをやらせてもらおうと思ってね。」

ドラゴンが外から中を撮影する。

権藤「ふざけるな! 黙ってのこのこ入って来やがって。 おーい誰かいないか?」
マイト「馬鹿、呼んでも無駄だよ。皆さん,お休み中だ!」
権藤「なに?」
マイト「さあ、インタビューの続きを始めましょうか。」
権藤「いいかげんにしろ.出て行け。」

だが菊川は権藤を制した。

菊川「出て行かせることはない。」

権藤が驚いて振り向いた。菊川は立ち上がってマイトのほうに近づいた。

菊川「ちょうどいい機会だ。あたしの信念を聞かせよう。」

別室でドラゴンの撮影している映像を見てデジコンがほくそ笑んだ。そしてパンに準備はできてるかどうか確認した。その頃,マイトはにやりと笑った。

マイト「ゆっくり伺いましょう。」

ドラゴンがカメラを操作する手に力が入る。ちなみにドラゴンは左手の薬指に指輪をしていた。

マイト「その前に一つ聞きたいことがある。偽ハングマンの元締めは貴様だろう?」
菊川「偽ハングマン?」
マイト「そのとおり! 本物のハングマンはこの俺だ!」

菊川と権藤は怪訝な顔でお互いの顔を見合った。マイトは菊川を指差した。

マイト「菊川! お前の本当の狙いはクーデターで世の中をひっくり返すことだ。そうだな。」
菊川「うん.狙いはまさにクーデター。」

マイトの挑発にまんまと乗った菊川はしっかりと喋ってしまった。デジコンがスイッチを切り替えると同時に、全国のテレビに菊川の顔が大写しになった。マルチキャストである。

菊川「私は今の堕落しきった世の中がどうにも我慢がならなくなった。だから密かに流山一平に命じて殺人専門の部隊を作らせたんだ。そして彼らにはどんな悪でも構わんから、容赦なく叩き潰せと命じた。これによって世の悪人どもは縮み上がり、人々はこれに喝采を送るに違いない。その機を狙ってクーデターを起こすのだ! クーデターを起こせば、愚民達はこれに熱烈なる支持を与え、やがては優れた指導者の下にひれ伏すことになるのだ!」
マイト「その指導者とは貴様自身のことか?」
菊川「もちろん。この私をおいて他に誰がいる? 政治家も駄目。官僚も駄目だ! この間違ってる世の中を立て直すことができるのはこのわしの他にはおらん。」
マイト「貴様はヒットラーになりたいのか?」
菊川「そうだ。ヒットラーだ。この菊川大造は現代のヒットラーだ。」

マイトはにやりと笑った。

マイト「ちょっと待った。菊川さん、今あんたが喋ったことは全国のテレビに流れている。」
菊川「テレビ?」
マイト「そうとも。全国ネットワークでね。」

日本のテレビのありとあらゆるチャンネルにマルチキャストされていたのである。
さすがの菊川も狼狽してしまい、二の句が告げなくなった。

権藤「そんな馬鹿な。出鱈目を言うな。」
マイト「嘘だと思うなら,テレビつけてみな。」

菊川達がテレビをつけると菊川がビックリしている顔が映っていた。

菊川「くっそー。」

菊川は日本刀で切りかかったがマイトとドラゴンに軽くあしらわれ、権藤と一緒に縛られてしまった。

菊川「わしはヒットラーだ。現代のヒットラーだ。」
マイト「わかった。わかった。」

マイトが菊川達を座らせると電話がかかってきた。

マイト「ほうら,視聴者から早速反応があったい。」

マイトは電話に出た。

マイト「もしもし,菊川です。はい。わたくし秘書の権藤と申します。今のテレビをご覧になった。はい、間違いございません。はい。あれは先生のご意見でございます。先生がですね、世の中に自分の意思を発表したいとそう仰ってます。」
菊川「そうだ。そのとおりだ。わしは現代の指導者だぞ!」
マイト「聞こえましたでしょうか? よろしくお願いいたします。」

マイトは電話をうやうやしく切った。

マイト「警察がすぐ来るそうだ。」

菊川と権藤はびっくりしてお互いの顔を見合った。

マイト「せいぜい観念してもらおう。仕事は終わった。」

マイトとドラゴンは菊川達を置いて帰っていった。マイトの報告にゴッドも御満悦だった。