会議(あまちゃん)

あまちゃん 第23週「おら、みんなに会いでぇ!」第136話(脚本:宮藤官九郎、演出:井上剛 (C) NHK)より

望郷の念(正確には違うような気がするが)が強くなり、北三陸へ帰りたくなった(これも正確には違うような気がするが)天野アキ(のん)はついに純喫茶『アイドル』で

天野アキ「ママ、おら、岩手さ帰りてえ。北三陸さ帰りてえ。」

と言ってしまった。黒川正宗(尾身としのり)と違って娘の気持ちをとっくの昔に見抜いていた天野春子(小泉今日子)はそれを受けて家族会議を開く事にした。春子は呆れ気味にこう尋ねた。

天野春子「本気なの?」

アキは頷いたのだが、春子は鋭い指摘をした。

天野春子「それ、何回目だ?」

アキは質問の意図を理解して、こう答えた。

天野アキ「4回目。」

ちなみにどういう勘定かといえば

  1. 海女になる
  2. 南部潜りをやる
  3. アイドルになる
  4. 三陸へ帰る

である。

天野春子「わかってんだ。」

春子は腕組みしたまま、こう言った。

天野春子「じゃあ、ちょっと厳しい事、言ってみるね。本当にさあ、(ここで水口が入ってくる)やりたい放題なのよ、あんた。」

驚く水口に

甲斐「大丈夫。今、始まったところ。」

何が大丈夫なのかはよくわからないが、兎に角、水口は安心して(?)カウンターに座った。

天野春子「しかも、ぜーんぶ中途半端。」

実例を挙げた後、

天野春子「普通は、次のチャンス狙って踏ん張るの。ここで諦めたらB級アイドル止まりよ。」

話が聞こえていたからか

甲斐「B級にはB級の良さがあるよ。」

と呟いてしまったが、

水口琢磨「マスター。」

と嗜められた。脚本ではこの後、「結局あまちゃんなのよ、全てにおいて、プロ意識が足りない。」と春子が言うのだが映像化された時にカットされてしまった。「あまちゃん」というタイトルの意味が述べられたセリフだったのに。閑話休題。すると

天野アキ「諦めるわけじゃねえんだ。ただ、今はお芝居とか歌とかよりも気になる事があって。」

すかさず春子は尋ねた。

天野春子「何が気になってるのよー。言って見なさい。自分の口で。」

アキは答えた。その一言、一言が水口にも重くのしかかった。

天野アキ「夏ばっぱの事だ。それからユイちゃん、北鉄、海女カフェ、リアス、琥珀、みんなの事が気になる。北三陸のみんなの事が。」

やはりそうだったのだ。

天野春子「もうわかった。振り回される方も考えてよねえ。」

さて水口は気がついた。

水口琢磨「考えてみたらマスターって案外、キーパーソンですよね。」
甲斐「え?」
水口琢磨「春子さんがスカウトされたのもここだし、正宗さんが告白したのもここでしょ。このお店がなかったら『潮騒のメモリー』も生まれてないし、それどころか、あきちゃんも生まれてないのか。」

それを甲斐は自覚していなかった。

甲斐「ごめん。俺、テレビ観てたんで、テレビに夢中で全然聞いてなかった。いや、勿体無い。どうする?」

即座に

天野春子「どうするのよー。」

ここから思わぬ方向に話が進んでしまうのだ。

天野春子「私ねえ、18までしか親に育てられていないから、これ以降の育て方知らないからねえ。」

は? すると

黒川正宗「僕だって知らないよー、男だし、一人っ子だし。ただ。」
天野アキ「なあに?」
黒川正宗「この1年、3人で暮らして、すごーく楽しかった。その前に離婚して一人の時間が長かったから、余計にそう思うのかもしれない。うん。楽しかった。」
天野アキ「おらも今までで一番楽しかった。」
黒川正宗「ありがとう。」

思わぬ展開になり春子は困惑の表情である。立ち上がってこう言った。

天野春子「ほっこりしないでよねえ、勝手に。なあに、この空気? 最終回? 冗談じゃないわよ。人生はまだまだ続くのよ。」

それに対してアキも正宗も水口も、この言葉を聞いて何かを思ったようだが

天野春子「わかった。どうせ言っても聞かないんでしょ。好きにしなさい。」

こうしてアキは北三陸に帰ることを許されたのだが、話には続きがあった。

天野アキ「ママはどうするの?」

なんと、春子と一緒に帰るつもりなどアキはなかったのである。春子自身はアキについて一緒に北三陸へ帰る決意を固めていたので、こう訊かれて戸惑った。

天野アキ「東京へ残るよね。」

さらには

天野アキ「いいよ、(春子が北三陸に)来なくて。つーが、来ねえでけろ。」

とまで言う始末。その理由は

天野アキ「折角、二人、より戻ったんだし、それに鈴鹿さんの事が心配だ。あの人、潮騒以降、パッとしねえべ。」

ずいぶん、失礼な言い草な気がするが、確かにこの頃、鈴鹿ひろ美は震災の影響もあってか仕事が順調とは言い難かった。

天野アキ「ようやく仕事始めたようだけど未だ本調子じゃねえ。真面目すぎんだよなあ。ママがそばにいて、はっぱかけてやんねえと、またすぐダメになりそうで心配だ。」

春子は尋ねた。

天野春子「いいの?」
天野アキ「何が?」
天野春子「このまま、東京残ってもいいの?」
天野アキ「(立ち上がって)そう、したいんだべ?」

春子は頷いた。

天野アキ「じゃあ、好きにしろ。なんつって。今度はおらが背中を押す番だな。社長、鈴鹿さんのこと、よろしく頼みます。コキ使ってもいいから、元の大女優さ、戻してけろ。」

アキは頭は下げた。会議の結論は決まったようである。照れたのか春子は正宗に

天野春子「なんか言ってよ。」

と言ったのだが

黒川正宗「僕達、より戻せたんだね。」

と感動して泣いてしまった。この男、そういえばアキと種市が密会した時もこんなふうにピントが外れた状態になってしまった。さらにアキは背中を向けていた水口にも頭を下げ

天野アキ「お世話になりました。」

と言ったのだが

甲斐「お疲れ。」

と答えてしまった。そしてマスターは水口にコーヒーを出したのだが、なおも水口は黙ったままであった。余談だが、水口、甲斐、アキがやり取りする部分は脚本からかなり改変されているので可能であれば確認すると面白いかもしれない。