キャンセル(必殺仕置屋稼業)

必殺仕置屋稼業 第19話「一筆啓上 業苦が見えた」(脚本:安倍徹郎、監督:工藤栄一 (C) 松竹)より

兎に角、重い話である。

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第19話 一筆啓上業苦が見えた 1975.11.7

 荒行で死んだ商家の息子の親から依頼が来る。ターゲットは主水の同門で元侍の修験者、全覚。彼は師の仇でもあった。
単独で仕掛けた市松も仕了せぬ凄腕の剣客、業苦の裡に一筋の光明も見出せなかった「鬼」と対峙することになる主水。しかし鬼の命を断ったのは自らの刃だった。

 ロケ地、全覚に「事情聴取」の主水、金戒光明寺石段。全覚が去るシーンには三門越しのショットも。秩父の全覚の寺、西寿寺。山門から石段、本堂前と縁先が使われる。石段では印玄のくるくる階段落としが為される。主水らの師・田所の道場(心形刀流)、大覚寺明智門。

あらすじは上記の通り。標的は秩父で修行する僧の全覚(佐藤慶)と正覚(石橋雅史)。全覚は元米沢の木原政三郎だった。それを知り

中村主水「この話、断ろうぜ。」

と主水は言い出した。だが市松は反対。

市松「これは死んだ御当人の恨みで殺すわけじゃねえ。この世に残された者の恨みで仕置をするんだ。いざとなったら一人でもやる。」

というわけで市松が全覚を殺しに出て行ったのだが

中村主水「今度ばっかりはあの市松でも手出しのできる男ではねえ。そんな生やさしい相手じゃねえんだ。」

全覚の実力をよく知る主水はそう言い切って捨て置いた。

さて市松は馬喰町の旅籠で読経する全覚を仕置きしようと忍び込んだのだが、その迫力に圧倒されて手が出せないまま、虚しく時が過ぎ、文覚が戻ってきたこともあって引き揚げた。当然、全覚も市松が忍び込んだことは察知し、こう言った。

全覚「構わん。放って置きなさい。誰だか知らんが、わしの命を取りに来た。ご苦労なことだ。」

後でわかるが、彼は既にいつでも死ぬ覚悟はできていたのである。

そして市松がまた仕置に出動。今度は焚き火行をしている最中を襲おうとしたのだが、田所道場(すなわち主水や全覚と同門)の連中が襲いかかった。全覚と文覚は全員を一蹴。それを目の当たりにして、またも市松は手出しができずに終わった。

その頃、主水は印玄と捨三にこう言った。

中村主水「俺が怖えのはなあ、あの腕じゃないんだ。自分を捨て去った、あのギリギリの生き様に、俺はとても勝てねえ気がする。人間、あそこまで行きつきゃ立派なもんだ。俺にはとてもじゃねえが殺せねえ。」

そこへ市松がやってきた。小出俊蔵(田中弘)の死体を市松は抱えていた。自分と同門の男達が返り討ちにあったことを主水は聞かされ、さらに

市松「奴は人間じゃねえ。鬼だ。俺は鬼は殺せねえ。俺が殺せるのは人間だけだ。」

ことここに至って主水は覚悟を決めざるを得なかった。主水はおこうに銭を預け、秩父へ行くが、自分に万が一の事があったら家族に渡してくれと頼んだ。そのただならぬ様子におこうは制止したのだが

中村主水「今度の仕事はいつものとは訳が違う。下手したら、侍としてもこの俺が仕置をされるかもしれねえ。今更、引きけえすわけには行かねえ。頼む。」

主題歌が流れる中、同門の連中と秩父を歩く主水だったが、そこには印玄がいた。

印玄「名栗の峠を先回りしておめえさん待ってたんだ。せめて死に水でも取ってやろうと思ってな。」

そして全覚と文覚のいる寺に一行は到着した。門弟が修行している。一行を見つけた文覚と印玄が対決。

中村主水「印玄、頼むぞ。」

最終的に印玄は文覚を二つ折りのような形にして階段を転がして落とし、とどめを刺した。

主水は一同を説得し、全覚と二人っきりで話すことにした。主水は太刀と脇差を置いて全覚と話を始めた。

全覚「あなたも随分と人を殺してきたようだな。私の耳にはあなたに殺された者の呻き声がはっきりと聞こえる。町方同心の職務だけでこれだけの人間を殺す訳がない。羨ましいことだ。私にはできない。」

そして全覚は自分の生涯を話し始めた。道は二つしかない。殺すか殺されるか。田所道場で自分が殺されないという確信を持てたという。そしてある日、稽古を終えて帰ろうとした全覚もとい木原は田所隼人正(波田久夫)に呼び止められて襲われたのだが、剣の腕は木原の方が上で田所は木原に斬られたのだ。以後、強い相手を求めて斬り続けた。

全覚「今の私には(田所)先生の気持ちがよくわかる。あの業苦を逃れるには所詮己を殺す以外道はないのだ。しかし私は死ねなかった。殺してくれる者もいなかった。私は生きながら死ぬ道を求めた。仏にすがった。だが自ら地獄に堕ちた男は仏すら救ってはくれぬのだ。私はまだ業苦の世界から足を抜けぬ。己の内に潜む魔性を正すことすらできんのだ。私は恐ろしい。こうして仏に祈っていても持って生まれた宿業が私を追い詰めてくる。誰も私を救ってはくれぬ。一人でも人を殺してしまったものには未来永劫、救いの道はないのだ。どうすればいいのだ? 私はどうすればいいのだ。」

主水は圧倒されたようだ。

中村主水「木原さん、逃げてください。お願いだ。」

と言って外へ出て、

中村主水「木原さんは死んだ。帰れ。」

と言ったのだが、全覚は読経を始めてしまった。主水に同行した正木(成瀬正)達二人は全覚を斬りに中へ入ったのだが、二人とも返り討ちにあっただけだった。仕方なく、主水は中に入った。心臓の鼓動(『暗闇仕留人』で村雨の大吉の殺しで使用された効果音と同じものだろう)が聞こえた後、専用曲「主水」が流れる中、主水は自分が全覚に斬られる様子を想像した。そして二人は立ち会ったが

全覚「斬れ!」

だが主水は斬れない。すると全覚は自分の喉を切って自害してしまった。全覚の壮絶な死を目の当たりにした主水は手を合わせ、印玄とともに引き上げるのであった。

なお、この話、山内久司プロデューサーは脚本を書いた安倍徹郎に「わからない」と告げたそうである。確かに重くてわからないよねえ。でも名作なのは間違いない。