記憶(あまちゃん)

あまちゃん 第20週「おらのばっぱ、恋の珍道中」第115,116話(脚本:宮藤官九郎、演出:桑野智宏 (C) NHK)より

天野夏(宮本信子)が66歳にして上京したのはユイ(橋本愛)を連れて行く他にも理由があった。1964年(昭和39年)、橋幸夫(清水良太郎)20歳が北三陸に来た時、天野夏(徳永えり)19歳が海女代表として花束を渡し、橋幸夫と一緒に舞台で『いつでも夢を』を歌った事があったのだ。しかも橋幸夫の発案でだ。それを小田勉(斎藤嘉樹)17歳は観客席で観ており、リアスで勉さん(塩見三省)が話をしたのだが、海女クラブで二番目に年長だった長内かつ枝(木野花)でさえも正確には知らない事だったのと勉さん自身の存在の薄さから、皆、嘘だろう、とぞんざいに扱ってしまった。しかし、勉さんと甲斐(松尾スズキ)のところには何故か情報が集まるねえ。

さて無頼鮨で夏からアキ(のん)、大吉(杉本哲太)、安部ちゃん(片桐はいり)、種市(福士蒼汰)がその話を聞いた後、誰かが無頼鮨にごらーいてーん。もしかして橋幸夫か?

鈴鹿ひろ美「え? 何?」

それを見て

天野アキ「なーんだ、鈴鹿さんかよう。」

おいおい。

鈴鹿ひろ美「なんで寿司屋入っていきなりがっかりされなきゃいけないの。」
天野アキ「だって、幸夫が出てくると思うべ、タイミング的に。」
鈴鹿ひろ美「幸夫?」

そんな思い込みを話されて鈴鹿ひろ美がわかるわけないだろう、アキちゃんよ。それは兎に角、アキは夏を鈴鹿ひろ美に紹介した。挨拶し合う鈴鹿ひろ美と天野夏。大吉も鈴鹿ひろ美を見たのだが

鈴鹿ひろ美「なんですか?」
大向大吉「二回目ですよね。」
鈴鹿ひろ美「はい。それが何か。」
大向大吉「いや、二回も会うなんて運命を感じますよねえ。」

お前、春子命ではなかったのか? しかも安部ちゃんもいるんだぞ。ところが鈴鹿ひろ美は

鈴鹿ひろ美「いいえ。あたしの行きつけの店にあなたが二回来ただけです。」

運命を感じてはいなかった。それでも二回目だと言うのは覚えていたらしい。大吉は早速ガラケーを取り出して写真を撮ろうとしたのだが

鈴鹿ひろ美「あ、電話しないでください。」

あの事件はしっかり覚えていたようである。声聞かせないとという大吉に

鈴鹿ひろ美「田舎者とは喋りません。」

相当トラウマになったようである。あれ、何の話だったっけ? あ、記憶の話だね。夏バッパが北三陸のアイドルだったという話だったね。鈴鹿ひろ美は「そう言う意味じゃなくて。」と取り繕って、ようやく本題に話が戻った。

天野アキ「問題はどこさ行ったら幸夫に会えるかだなあ。」
鈴鹿ひろ美「幸夫?」
天野アキ「夏バッパの憧れの人だ。」
天野夏「46年めえに一度会ったきりなんです。」

せめて行きつけの店でもわからないかなあという大吉は種市に無頼鮨に来ないかと尋ねたが

種市浩一「いやあ。」

種市は梅頭の方を見たが

梅頭「寺門ジモンは来るけどね。」

来ないそうだ。鹿おどしの音が虚しく響いた後

鈴鹿ひろ美「ちょっと待って。幸夫って、橋幸夫?」

夏は頷いたが

天野アキ「鈴鹿さん、その話、散々やったから。」

あのねえ。だが鈴鹿ひろ美はその無礼な態度を意に介さず、というか、慣れっこだったが、こう言った。

鈴鹿ひろ美「あたし、知ってるけど。」

皆の態度が豹変…と思ったら

天野アキ「だから入ってくんなって。都会っ子はそっちでカッパでも…」

早く本題に入れよ。しかし夏は気がつき、鈴鹿ひろ美の方を向いて手をついた。

鈴鹿ひろ美「橋さんですよねえ。」
天野夏「はい。」

ここで何故か鈴鹿ひろ美は勝ち誇ったような態度をとった後

鈴鹿ひろ美「共演した事があります。」

驚く一同。

鈴鹿ひろ美「なにか、(人差し指を立てて左右に動かしながら)こういうの持ってない?」
黒川正宗「これ(タブレット端末)ですか?」

それでよくわかったねえ、正宗さん。実は関根勤は人の名前を思い出せなくなり、関根が「マジカルの女」というと、小堺一機さんが「千堂あきほ」と察するという状態になっている。加齢による記憶力減退だな。それは兎に角、なんと映画『潮騒のメモリー』に友情出演していたのである、橋幸夫は。タブレット端末で検索してそれは確かめられた。

天野アキ「オラにとっても友達の友達だなあ。」

あのねえ。鈴鹿ひろ美は友達だったのか? しかも友情出演の意味を取り違えているぞ、芸能人なのに。友情出演についての意味を律儀に鈴鹿ひろ美が訂正した後、説明し出した。由紀さおりなども出たという。そして鈴鹿ひろ美は痛恨のミスを話し出した。

鈴鹿ひろ美「舞台挨拶の時だったかしら。まず私が登壇して、まず由紀さおりさん、で次に橋さんを呼び込む段取りだったの。だけど初めてだからすーごい緊張して、由紀さん、橋さん、間違えちゃいけないと何回も自分に言い聞かせたの。由紀さん、橋さんって。そうしたら、幸橋夫(ゆきはしお)さん…言っちゃったんです。」

それ以来、橋幸夫とは会っていないという。

天野アキ「なんだよ。」

あのさあ、アキちゃんよ。まあそれは兎に角、鈴鹿ひろ美を説得して、何とか約束を取り付けて、夏と橋幸夫を引き合わせることになった。

そして当日。その前の晩、夏は緊張して眠れなかった。アキと交わした会話は別の記事で紹介しよう。朝になり、夏は勝負服、というか勝負着物を着用。ウニが描かれた着物である。春子にも行き先を告げずにアキと一緒に出て行った。歌番組の収録の合間に引き合わせることになり、アキと夏は鈴鹿ひろ美に先導されて廊下を歩いていたのだが、夏は緊張したのか動きが鈍い。当初は鈴鹿ひろ美が会う予定ではなかったようだが

鈴鹿ひろ美「便乗よ。昔の事、水に流してもらうのよ。」

という魂胆があったようだ。そして橋幸夫(橋幸夫)が座っているところまで来たのだが、夏はアキの後ろに隠れてしまった。

天野アキ「幸橋夫?」
鈴鹿ひろ美「橋幸夫よ。」

アキは橋幸夫を知らないようだ。そんなバカなと思うのだが、そういう話だから仕方がない。そう言うやりとりがあった後、橋幸夫が夏達の存在に気がついた。立ち上がって近づいたのだが

橋幸夫「ああ。女優さんの?」
鈴鹿ひろ美「鈴鹿ひろ美です。」
橋幸夫「(他人行儀で)いやあ、わざわざお電話いただいたそうで。」

夏とアキは通路の陰に隠れてしまった。

橋幸夫「観てますよ、鈴鹿御前。」

それを聞いて、鈴鹿ひろ美は両手で口を隠したが

橋幸夫「どうも、初めまして。」

と右手を出した。全く覚えていないようだ。記憶というのはいい加減だねえ。

天野アキ「初めまして?」

仕方なく鈴鹿ひろ美は橋幸夫と握手した。

鈴鹿ひろ美「初めて…ではないんです。デビュー作で『潮騒のメモリー』という映画で世話になったんです。」

でも橋幸夫はそう言われても思い出せない様子。何だか雲行きが怪しいぞ。

橋幸夫「はは。思い出した。『潮騒のメロディー』ね。」

アキ落胆。とその時、アキは夏の姿が消えていることに気がついた。

天野アキ「バッパ? 夏バッパ。」

なんと夏は帰ろうとしていた。アキが夏を呼ぶ声を鈴鹿ひろ美が聞いて、橋幸夫を夏のところに誘導した。初めは怪訝な顔つきの橋幸夫だったが

天野夏「おら、やっぱし、会わねえで帰ります。」
天野アキ「折角、来たのに。」

夏の声を聞いてピンと来たのか、橋幸夫の歩くスピードが心なしか速くなった。

天野夏「顔見れただけで十分だ。」

とその時

橋幸夫なっちゃん?」

驚く一同。

橋幸夫なっちゃんだよねえ。あの、ほら、北三陸の、海女の、なっちゃんだよね。そうだろ。」

というわけでごたーいめーん。SNS上では、なぜ鈴鹿ひろ美を覚えていなかった、という声で溢れかえっていたようだが、考えても見なさい。橋幸夫と天野夏は歳も近いが、『潮騒のメモリー』は忙しい仕事の合間を縫って自分の娘くらいの年齢の人が主演の映画にちょっと出ただけ。優先順位に差が出てしまうのも当然だと思うんだなあ。兎に角、橋幸夫は天野夏のことを鮮明に覚えていた。

橋幸夫「一緒に歌ったよねえ。体育館でさあ。いやあ、懐かしい。変わんないねえ。」

天野夏は舞い上がってしまい、まともに橋幸夫の顔を見ることができなかった。

天野夏「橋さんこそ、いつまでもお若くて。」
橋幸夫「いやあ、嬉しいよ。けど、君(天野アキ)、だーれ?」
天野夏「あの、あの、孫です。」
橋幸夫「え? 孫? なっちゃんの?」
天野夏「はい。」
橋幸夫「ハハハハハ。孫だってよ、鈴木さん。」

要するに鈴鹿ひろ美の優先順位は天野夏よりもかなり低かったのである、橋幸夫にとっては。

鈴鹿ひろ美「鈴鹿です。」
橋幸夫「(鈴鹿ひろ美を無視して夏に)これから、なにかある?」

ちょうどその頃、勉さんは当時の写真を探し出し、リアスでユイ(とヒロシ)に見せていた。無頼鮨には橋幸夫も来店し、夏と一緒にまた『いつでも夢を』を何故かマイクで歌うのであった。夏はまさに北三陸の元祖アイドルであった。